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特集  プロに聞く、人材の採用と定着

◆安心・満足・達成感が人を育てる

スタッフが定着するための環境づくり

 ″元航空会社の客室乗務員による接遇・マナー研修〃といえば、ご存知の方も少なくないのではないだろうか。山口朋子氏は2006年4月より、全国各地で接遇・ビジネスマナーの講師として研修活動を展開。その後、2016年に歯科医院専門の接遇・マナー研修を行う現在の「マナーのクリニック株式会社」を設立し、現在までの研修実績は400社以上、受講者は2万人を超える。
 山口氏の研修が高く評価される理由の1つは、豊富な社会経験に裏打ちされた、机上の空論にとどまらない具体的な指導内容にあると言ってよいだろう。
 さて、歯科衛生士の人材不足が長年にわたる課題となっている。毎年約1万人の有資格が輩出される一方で、新人の歯科衛生士が勤務先の環境にうまく適応できず、早期退職に至るリアリティショックが大きな原因の1つだ。初めて社会に出た新人スタッフの悩みを解消し、やりがいを持って長く働き続けるためには何が必要なのか、山口氏に伺った。
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褒める文化がない

院長から研修のご依頼をいただいたら、まずその歯科医院が抱えている課題を見つけ出す作業から始めます。
 これは、診療で言えば「問診」ということになるでしょう。接遇・マナー研修という形はとっていますが、歯科医院が抱える本当の悩みや、潜在的な課題を見つけ出すのがこの問診の狙いです。問診が終われば、次は「治療」です。
 その歯科医院の弱点や問題点を明確にする一方で、良いところや優れているところをお伝えして、自信に繋げていただくことも課題解決には不可欠だと考えています。
 花の手入れに例えてみましょう。毎日の水やりを1週間さぼってしまい、枯れてしまってからあわてて大量の水をあげても、手遅れでしょう。院長は、例えば、スタッフがルーティンワークをきちんと行っていることを正しく評価し、ひと言褒めてあげているでしょうか。
 問診と同じように、自院の”健康状態”を定期的に正しく把握することが不可欠です。自院やスタッフの良いところを認識していない院長や、自分自身の長所に気付いていないスタッフがとても多いということです。満足感とか達成感はそのように小さな改善から始まるものです。
 個々の歯科医院で研修を行うときには、ひとりひとりのスタッフに合わせたアドバイスをします。研修後は手書きで短い感想やコメントをいただきますが、『緊張したけど嬉しかった』というように反応はダイレクトに返ってきます。
 ただ、ときにはスタッフに理解してもらえないこともあります。
 歯科医院の方針に合わないスタッフに、院長の意を受けて指導したことがありました。髪の色やメイクなど、医療機関にふさわしい身だしなみが理解できていないスタッフに厳しく指導すると、後日退職してしまいました。悲しい結果ですが、長い目でみれば院長の判断は正しかったと思います。
 褒めるという行為は簡単なことのようですがなかなかできません。院長は「時間がない」「余裕がない」「そこまで目が届いていない」といいます。私が全日空でCAを務めていた当時、お客様からお叱りを受けることもあり、仕事は決して楽なものではありませんでした。でも私が2度受賞させていただいた「Most Impresive Colleague Award」という表彰制度に象徴されるように”褒める文化”がありました。
 ところが、医療現場では驚くほど人を褒めることがありません。これではモチベーションが下がりますし、「仕事の進め方はこれで良いのか」と不安になってしまいます。
 患者さんに対しても同じことです。メンテナンスで通院している方に、歯磨きができていないところを指摘するだけでなく、きちんと磨いているときは褒めて差し上げることが大切です。患者さんのモチベーションが上がりますし、心を開いていただくことにも繋がります。

「教育」と「共有」で「共鳴」を導く

 研修カリキュラムの中には、「身だしなみ」(服装、髪型、メイクなど)、「立ち振る舞い」(立ち方、おじぎ、物の受け渡しなど)、「言葉遣い」(敬語、正しい表現、電話応対、クレーム対応など)のように、非常に基本的なことが含まれています。
 これらは、学校で十分指導されているとは言えず、新人のスタッフが初めて現場に出て戸惑うことでもあります。
 例えば、身だしなみに関しては、エプロンの後ろのリボンの結び方1つをとっても、ぐちゃぐちゃになっていることに気づいていないことが珍しくありません。だらしない身なりのスタッフから、審美歯科や自費診療を受けたいという気になるでしょうか。患者さんは気づいても、院長やスタッフはそれが当たり前になっているとしたら、怖いことだと思います。
 一般企業で新入社員研修をしない企業はありません。指導も説明もなくいきなり現場に入れば戸惑うのは当たり前です。そのために怒られるのでは落ち込んで半日ももたないでしょう。
 まずきちんと基本的な「教育」を行い、職場に必要な知識や情報を「共有」できるようにする。そうすれば、さまざまな事象に対して「共鳴」できるようになります。「教育」「共有」「共鳴」がそろえば、人は満足感、達成感をもって長く仕事に取り組んでいくことになります。
 定着率の高い医院のスタッフに聞くと、「コミュニケーションのとれている職場はとても居心地がいい。勉強会に医院のみんなで参加するなど、全員で体験を共有することも大切です」…という返事が返ってきました。
 教育などやるべきことをきちんと行っているクリニックでは、滅多に人手不足になるようなことはありません。たとえ、やむなく辞めなければならなくなっても、満足度の高い職場であれば、自分の知人や友人を紹介しようとするので人が途切れることがないのです。

アンケートがもたらす効果

 患者さんへのアンケートは、院長やスタッフが気づかない問題点を知る上で非常に大切な情報です。ある歯科医院では、会計までの待ち時間が長いという不満がとても強いことがアンケートを取ってみて初めてわかりました。
 そこで、治療後の手順を見直すと、待ち時間を21分から3分に大幅短縮することができました。実は院長やスタッフは患者さんの不満に全く気が付いていませんでした。
 このようにアンケートは、隠れている問題点を見つけるのに極めて有効な手法なのに、クレームや不満を知ることに気が進まない院長は少なくありません。でも、実施してみれば、早くやればよかったという声がほとんどです。広告やホームページに多額の費用をかけるより、問題点を発見し改善するための費用対効果が非常に高いので、ぜひ実施されてはいかがでしょう。
 一方、スタッフへのアンケートは定着につながる効果もあります。前述の「共有」「共鳴」を実感すれば、前向きな働き方につながると考えています(コメント例参照)。

院内改善へのヒント

 大切なことは、自院の現状を把握して、改善しようという意識を持ち、実際に行動を起こすことです。変えたいという気持ちだけでは何も変わりません。抱えている悩みを先生の友人に相談することも良いでしょう。課題をうまく解決している歯科医院からヒントを得ることも大切だと思います。
 アンケートによって、患者さんの要望や不満、スタッフの悩みなどを知ることは、改善するための大切なヒントになるのではないでしょうか。
◆人の性格や資質を正しく理解すれば、適切な指導や育成の方法をとることができるはず。というわけで、まず左のチェックシートで、「正しいか間違っているかがいつも気になる」というような70の項目から自分に合と思うものをチェックする。
その結果は、7つのタイプ、①理想主義、②人間関係重視、③冷静で分析が得意、④自分らしさや個性を大切にする、⑤安定志向、⑥楽しみと満足を追い求める、⑦平穏と安らぎを大切にする、といういずれかに分類される。それぞれの長所とや短所を理解して接すれば、ミスマッチを回避することもできるという、「工ニアグラム」という診断法。知っておいて損はない。
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